long story in a few days

 

ロンドンでの日々が終わろうとしています。今、ロンドン時間で14日の午後11時。明日の早朝にロンドンを発ちます。きっとこの文章をブログにアップする時には日本にいるんだろうけれど、どうしても書きたいことがあって、一秒も忘れたくなくて、書いています。

2週間の語学学校生活、1週間の観光旅行、どちらもたくさんの思い出が出来ました。辛かったことも勿論あったけど、本当に貴重な日々でした。お金はかかったけど、対価以上の価値を得られました。

この3週間で、英語に対する自分の考えがどう変わっていったかはまた落ち着いたら書くとして、今から書こうとしているのは、わたしの、きっともう二度はないだろう、ある人との出会いについてです。

ところでわたしの好きな映画のひとつに『lost in translation』というのがあります。スカーレット・ヨハンソンとビル・マーレイ主演で、舞台は東京。母国語が通じない地で偶然出会ったふたりが、父と娘くらいの年の差を越え、言葉には表せない距離感と愛情を抱きながら東京の街を浮遊するという、素晴らしい映画です。

 

1週間前、わたしはジャマイカ人のホームステイ先を離れ、中心地寄りのユースホステルへと移りました。とにかく安かったのと、もしかしたらここでまた新しい友達が出来るかもという想いからユースホステルを選びました。

日曜日。ホームステイ先からホステルへの移動日、わたしはなぜか自分に言い聞かせるように「ユースホステルで簡単に友達が出来ると思うなよ」ということを強く思っていました。ひとりぼっちを覚悟していないと、心が折れそうだったのかもしれません。実のところ、語学学校ではなかなか思うように友達が出来なかったり、ホームステイ先でもいろいろと思うところがあって、少しセンチメンタルにもなっていました。

夕方に到着して、その日は軽くホステルの周りを歩いて、スーパーマーケットでご飯を買いました。部屋は8人ベッドの相部屋で、さすがにここでご飯食べたら迷惑だろうなあと思い、ホステルの中を散策しているとキッチンに着きました。中を覗くと何人かの人たちがご飯を食べていました。Hello、と声をかけて、かけられて、ドキドキしながら席に着きました。わたしはそこで、彼と出会いました。

ぱっと見50代くらいの大柄の彼は、テーブルが一緒になった台湾人の男性とわたしが話しているところにスッと入って来て、互いに自己紹介をしました。彼はイギリスのストラドフォードの近くの生まれで、そこはシェイクスピアの生まれた地だったので、なんだか嬉しかったのを覚えています。彼は、このホステルには来週の火曜日までいる予定だから、またキッチンで会うだろうねと言いました。途中、わたしの英語の発音が悪いことを指摘してくれて、RとLの発音を一生懸命直してくれました。例文をいくつか教えてくれて、わたしの携帯のボイスレコーダーにはその音源が今も残っています。そして食後にイギリス流の紅茶の入れ方を教えてくれました。

月曜日。わたしはロンドンの有名なオペラハウスのバックステージツアーに参加したり美術館に行きました。ナショナルギャラリーで見たイギリスの画家・ターナーの絵にいたく感動して、この一週間でターナーの特別展や映画を観たり、本を買って読んだりしました。

ロンドンは12月に入っても思っていたより寒くなくて、結局持って行ったカイロは1度も使いませんでした。ドイツの冬もロンドンの冬も経験出来たわたしは、もっともっと冬が好きになりそうです。

話が逸れましたが、語学学校に通っていた時はほぼ誰かが近くにいたので、この日わたしは、ひとりでいることの気楽さと、異郷の地にただひとり立ち、呼吸をしていることの心細さを同時に感じていました。好きな作家の詩を思い出したりして、なんとか1日を終えました。

夕方、ホステルに戻ってキッチンに行くと、彼と彼を含む数名がご飯を食べていました。彼が笑顔で迎えてくれて、ハイタッチをしました。食事の途中で翌日の予定を聞かれ答えると、たまたま行き先が一緒だったので、彼がガイドをしてくれることになりました。

その後近くのパブに2人で行って、ビールを飲みました。語学学校附属のパブしか行ってなかったので、わたしは喜んでついていきました。元彼の話をしたり、彼自身のことを聞いたりしました。ボーイフレンドがいないということを言った後で、若干セクシャルな雰囲気になりかけたので、安全思考のわたしはそれを回避して帰路に着きました。ボーイフレンドがいる設定にしとけばよかったと後悔しました。

ちなみにこの日、彼がわたしのことをキッチンにいた周りの人に向かって褒めてくれたのを覚えています。というのも前の日に彼が紅茶の入れ方を教えてくれた時、彼はわたしのカップに出来たての紅茶を注いでくれました。わたしも当たり前のように彼からポットを受け取り、彼のカップに注いだところ「oh! Japanese style! You are lovely and wonderful girl!」的なことを言ってくれたのです。当たり前のことをして褒められるなんて、ラッキーです。

火曜日。彼と一緒に美術館へ向かいました。その途中、この日がバッキンガム宮殿で週に何度かしか見られない衛兵交代が見られる日だということに彼が気づき、経路を変更して宮殿に向かいました。衛兵交代のことは知ってはいましたが、見られると思ってなかったので嬉しかったです。

冷たい風が吹く中で交代が始まるのを待っていると、急に抱きしめられました。なんというヨーロピアンスタイル!と心の中で叫びながらも、英語を教えてもらっている以上支払わなければならない対価なのだ、とかいうフェミニストの方からは怒られそうな考えを抱きつつ、のらりくらりやり過ごしていました。しかしニヤニヤしながら耳を噛まれた辺りで、あ、ちょっとこのおじさん危ないかも、嫌いかも、と思いました。

衛兵交代が終わり、目的の美術館へ向かう途中で大きな公園を通りました。彼が手を繋いできて、複雑な気持ちのまま歩きました。ちょうどその時、小さな子供が泣き叫ぶような声が聞こえて、彼が脇目も振らずまっすぐにそちらへ歩いていきました。

公園のベンチで、母親を探して泣き叫ぶ子供を、恐らくその子供のおじいさんが子供の身体を強く叩いていました。見た目からして、イギリス人ではありませんでした。彼はそのおじいさんに向かって、あなたの国ではそのような育て方をするのですか?あなたたちのやっていることは、イギリスでは警察沙汰になってもおかしくないですよ、と強く非難しました。それを聞いたおじいさんはへらへらと笑いながら、叩くのをやめました。

少しして、嫌な気分にさせてごめんねという彼に、わたしははっきりと、あなたは良い人だと言いました。心からそう思いました。実はこの時まで彼のことを心の中でセクハラおじさんと呼んでいましたが、この一件があってから止めました。

そのあと電車を乗り継いで、テート・モダンというずっと行きたかった美術館に行きました。わたしは専ら地球の歩き方とtube map、道端の観光客向けの地図を駆使して目的地を探す派なのですが、コミュニケーション能力の高い彼は躊躇することなく歩行者に道を聞きます。この時も電車の中で隣合わせになった女性と意気投合し、オイルショックの話で盛り上がっていました。わたしは話の20%くらいしか理解出来ませんでしたが、英語のシャワーを浴びる気分はとても良いものでした。

テート・モダンを見終えて、途中セントポール大聖堂を通り、サッチーギャラリーという現代美術の美術館へ行きました。道路を横切る時にまた自然と手を繋いで、彼が笑いながら「strange love」と呟きました。サッチーギャラリーも楽しかったです。

帰路の途中で、彼のFacebookを通して、彼が離婚経験があること、それ以来いろんな国で英語教師をしながら放浪の旅をしていることを知りました。彼は来年ロシアに行きたいと言っていました。わたしはその理由が、以前ロシアに行った際に出会ったという、1人の女性が関係しているのではないかなと思いました。女の勘です。写真を見せてもらったのですが、年齢的にも彼の少し年下という感じの素敵な女性で、彼の本命はこの人だな、というのがすぐにわかりました。彼はその人のことをただの友達だと、この日は言っていました。

この日彼は予約が取れず1日だけ別のホステルへ移動することになっていたので、1度ホステルへ戻って荷物をピックアップしてからさよならをしました。彼は「I miss you!」と言いましたが、わたしは笑って「only one day! We will meet tomorrow in the kitchen!」と答えました。

水曜日。朝からひとりでprimrose hillというロンドンの景色が一望できる丘に行きました。去年ロンドンに留学していた友達が、晴れた日に行くと素晴らしいよと教えてくれたのです。primroseという単語は、わたしが高校の時に書いていた小説のタイトルの一部なので、それを思い出してひとり恥ずかしくなりました。丘からの景色は素晴らしくて、わたしは大好きな音楽を聞きながらたくさん歩きました。その後ターナーの特別展を観にテート・ブリテンへ行きました。素晴らしかったです。

ホステルに戻ってキッチンに行くと、彼がいたと思います。実はもう、この辺りの記憶が曖昧なのです。曖昧なことが、今はただ悲しくていとも簡単に涙が出てきます。確か彼はもうご飯を食べ終えていました。わたしが彼と違う席でご飯を食べていると、こっちに来なさいと言われたのは覚えています。そして眠くなって、眠い?と聞かれてうん、と答えて部屋に戻ったのだと思います。

木曜日。この日はひとりで朝からナショナルシアターのバックステージツアーに参加して、午後からロイヤルシェイクスピアカンパニーの芝居を観ました。ホステルに戻り、キッチンに行くと彼もそこにいました。ご飯を食べている時に彼がワインを飲んでいたので、少しもらいました。この頃から、ふたりでいろいろなものをシェアするようになりました。

そのあと彼がまたパブに誘ってくれました。一緒にお酒を飲んで、わたしも彼もだいぶ酔っていて、その帰り道でそういう雰囲気になり、そのままホステルでそういうことになりました。わたしの人生で絶対に起こらないだろうと思っていたことが今自分の身に降りかかっている、とぼやっとした頭で考えていました。

金曜日。前の日に一緒に行く約束をしていたので、朝から彼と大英博物館へ行きました。朝、ニヤニヤしながら彼が手を繋いできました。スタバで朝ごはんを食べて、博物館に行きました。博物館の隅っこでキスをされた時に、わたしはこのちょっと太ったおじさんを、愛しいなあと思っていることに気づきました。

一方で、博物館を回っている時に、彼がずっと携帯とにらめっこしているのが気になっていました。昨日もそうでした。単純に、人といる時に携帯をずっと触っている人が好きでないというのもあるのですが、どうやら彼はロシアにいる本命彼女と延々とメッセージを交換し合っているようでした。昨日何も感じなかったことが、今日はとても不快でした。あまり良くないことだなと思いながら、わたしは久々に嫉妬心というものを味わっているなあと思いました。とはいえ彼とわたしは確実に一回り以上の年の差があり、ロンドンの道端で17歳ですか?と聞かれるような童顔のわたしが、彼との関係を本気でどうこうというのはさすがに考えられませんでした。

夕方に一度別れて、わたしはターナーの映画を見に行きました。の後またホステルで合流し、この日の夜もそういうことになったのですが、この日わたしは彼のしてくることを少し怖いと感じました。明日は一緒にマーケットに行こうと誘ってくれたのですが、中途半端なまま流しました。

土曜日。朝、少し寝坊をしてしまった後でメッセージが届いているのに気づきました。マーケットどうする?行くならこの時間に集合ね。と。その時間はとうに過ぎていました。わたしはごめんね、今見たよ、と返すと、まだマーケットにいるから今から来る?と返事が来ました。わたしは少し考えて、後悔したくないから自分の気持ちに素直にいようと思った結果、急いで準備をしてマーケットに向かいました。

カフェで待ってるね、というメッセージを、Wi-Fiが使える場所がなかなか見当たらなくて、ようやく見つけた駅前のカフェの外で確認しました。そのカフェが、偶然にも彼の待っているカフェでした。そしてそのカフェは、わたしがずっと行きたいと思っていたカフェでもありました。そういう小さなことが、この時にはもう大きな喜びとして感じられるようになっていました

中に入ると彼がいて、向かい合わせの席なのに、横においで、と言われてわたしはついつい嬉しくなってしまいました。昨夜彼のことを怖いと感じていたのが嘘のように、無事に合流できた安堵感と、彼に会えた喜びで溢れていました。そのマーケットは有名な映画のロケ地の近くで開かれていて、この場所はあの映画のロケ地だよね?とわたしが言うと、彼は横に座っていたお姉さんに「あの映画で使われた本屋の場所、知ってる?」と確認し始めました。わたしは内心、行っても行かなくてもどっちでもいいやと思ったのですが、いざ行くと、すごく興奮して何枚も写真を撮りました。笑 衛兵交代の時もそうでしたが、彼はこうやって、わたしひとりでは出来なかった経験をたくさんさせてくれたのです

マーケットもとても楽しくて、一緒にハンバーガーやクレープを食べたり、露店を冷やかしたりしました。わたしが午後からミュージカルを観る予定だったので、劇場の前まで見送ってくれました。別れる時にわたしは思わず「I miss you」と言って彼に抱きつきました。気分はヨーロピアンです。

ミュージカルが終わって、ホステルのある駅まで戻ってから近くのカフェの外でメッセージを確認しようとした時に、誰かが近づいてくるのに気づきました。顔を上げると、彼がいました。偶然わたしたちは同じ電車に乗っていて、偶然彼がわたしを見つけたのです。本当に嬉しかったです。

歩きながら、夜ご飯は何駅か先のチャイナタウンに行こうということになり、お金のないわたしたちはスーパーマーケットで買ったサンドイッチをホステルで食べてから行こうぜ!と話しました。

ホステルに戻って2人でサンドイッチを食べていると、日本人らしき女性がキッチンに入ってきました。彼の素晴らしい一面として、誰に対してもフレンドリーで大らかという性格の結果、3人でチャイナタウンに行くことになりました。わたしはちょっぴり残念でしたが、この日本人の女性が少し癖の強い人で、彼は彼女のことを人間的には好きになれなかったようです。この日は微妙な気分のまま何もなく部屋に戻り、眠りに着きました。彼はわたしに何か言いたげな顔をしていたのですが、今思うと、前日わたしは彼と事を致している時に、あなたのことが少し怖いと言ったのを、彼は気にしていたのかもしれません。部屋に戻る前に彼が、明日はクリスマスマーケットに行かない?と言ってくれたのですが、わたしは朝イチでバックステージツアーの予定を入れていて、もし寝坊してツアーに参加できなかったら一緒に行こう、といって別れました。中途半端なものいいをしたことを、今は少し後悔しています。

夜、確認できていなかったメッセージを開くと、その日の夕方に彼から「ミュージカル終わった?実は今劇場のラウンジにいるよ」と連絡が来ていました。わたしはそれを知らず劇場を去り、偶然会えたからよかったものの、彼はその後一言もそんなことを言いませんでした。わたしは彼ともっと一緒にいたい、明日が最後だから、明日は素直に彼に甘えようと思いました。

日曜日。朝、見事に寝坊したわたしはツアーに行くのを諦め、ホステルのラウンジで彼を待っていました。半ば確信犯です。少しして彼が来て、わたしが事情を説明すると、彼は少し申し訳なさそうに、君といられないと思ったから別の子と行く約束をしてしまったと告げました。わたしはおお!まじかよ!もう次の子見つけたのかよ!と思いましたが、じゃあ気にせず行っておいで!と言いました。しかし彼は、今日は君が観光できる最後の日だからと言って、遅れてやってきた中国人の女の子に「3人で行こう」と言い出しました。なぜだかすごく自分が惨めに思えてきて、ちょっと泣きそうでした。

幸いにもその子はとっても良い子で快く了承してくれて、わたしも拗ねてたら駄目だなと思って明るくいようと心がけましただけどわたしより英語が話せるその子はどんどん彼と仲良くなっていって、翌日に衛兵交代を観にいく約束をし始めました。自分が彼にされたようなことを、彼はこの子にもするのかな、するんだろうな、ということばかりを考えてしまって、早くこの場から逃げ出したいと思いました。

後からわかったことですが、この子にはボーイフレンドがいて、彼はそれを知っていました。普通の友達として仲良くしていただけなのに、わたしは確実に嫉妬心を燃やしていました。元彼の時には一度も感じたことのなかった、強い強い気持ちでした。

わたしは午後からバレエを観る予定があって、そこで2人と別れました。わたしが明日ロンドンを発つ前に、彼は新しいガールフレンドを作ってしまったと思いました。心の中の大半をその思いが占めていました。そしてバレエの前に携帯のニュースを確認して、日本で行われた選挙の結果を知りました。わたしは今回投票出来なかったのですが、あまりにも突然な選挙で投票率が低かったのにも関わらず「国民の総意を得られた」と言い出す国の代表や、獲得議席数の詳細、一部の人たちだけが利益を得るために全国民を誘導しようとしているような歪んだ報道のされ方を一度に目の当たりにして、ただただショックで、もう日本は駄目かもしれない、と落ち込みました。そのふたつが重なって、カフェで少し泣きました。

バレエが終わって、ホステルに戻ってパッキングを済ませてから、わたしは彼に「ロンドンで最後の夜ご飯をあなたと一緒に食べたい」とメッセージを送りました。わたしの精一杯の勇気でした。朝一緒にいた中国人の女の子は、今夜別の友達と会うと言っていたので大丈夫だろうと思いました。

ホステルのラウンジで返事を待っている間、胸が痛くて痛くて、恋とも愛とも違う、得体の知れない気持ちがそこにありました。今かっこつけて胸が痛いと書きましたが、実際痛かったのは胃の方でした。

なかなか返事がなく、辛い辛いと思っていたところで彼が帰ってきました。彼はメッセージをチェックしていませんでした。笑 わたしは彼に、日本はもう駄目かもしれないと、その理由と共に話しました。わたしの英語レベルが低いために上手く伝えられなかったのですが、彼がわたしを安心させるように「don't worry」と言ってくれました。

改めて夕飯に誘い、出掛けようとした時に、彼がホステルで仲良くなったイタリア人の若いお兄さんに遭遇しました。彼はアルフレッドと言って、イタリアンシェフの卵です。そこで話が盛り上がり、アルフレッドが夕飯を作ってくれることになりました。わたしたちのプライベートシェフだねとはしゃぎながら、最後のディナーに相応しいプレゼントを彼がくれたような気分になりました。

素晴らしいディナーを3人で食べて、アルフレッドにお礼を言おうと思ったその時には、アルフレッドはもう部屋へ戻っていました。忍者です。わたしと彼はそのまま紅茶を飲もうとしていて、そこにブラジル人の女性が入ってきました。30代くらいの素敵な女性で、彼女が持ってきたティーパックで3人で紅茶を飲みました。わたしはといえば、彼と同じ空間にいられるだけでよかったので、最後の日がこういう感じで幸せだったな、と思っていました。途中彼女と2人きりになった時に、彼女は日頃からポジティブでいるように努力しているという話をしてくれました。短い時間でしたが、彼女からもわたしは素敵なプレゼントをもらいました。

煙草を吸いに行った彼がなかなか戻ってこないので中庭を覗くと、恐らくロシアの彼女とスカイプをしていました。わたしはそっとキッチンに戻りました。彼がそのあとすぐに戻ってきたので、わたしは彼の巻煙草をもらって、ひとりで中庭で吸いました。ふたりでいるときはよく、一本の煙草を一緒に吸いました。彼の煙草はわたしには強過ぎて時々むせ返ることもあったけれど、幸せな思い出のひとつです。

その後キッチンで2人きりになったときに、わたしは素直に、今朝わたしは中国人の女の子に嫉妬していたと伝えました。彼は、僕はボーイフレンドがいる女の子には手を出さないよ!と謎の主張を始めましたが、今はそれすらも愛おしくて笑ってしまいます。

そしてハグをしたのをきっかけに、その場で彼が言ってくれた言葉の優しさや今日までのことを思い出して、わたしはついに泣いてしまいました。彼はわたしに、年が明けたらロシアへ行って本命彼女に告白するつもりだと言いました。彼にとってロシアは英語の通じない、経済的にも様々な苦労を強いられる場所だということを知っています。それでも彼は、ロシアへ行きたいのだそうです。

彼はわからずやのわたしを諭すようにそう言ったけれど、わたしは彼にとってただのJapanese girlfriendであることを自覚していたし、それ以上のことは全く望んでいませんでした。彼と今後も付き合っていけるような関係性でないことは重々分かっていたし、はたからみれば親と子に見えてもおかしくないわたしたちの、先のことなんて想像のしようもありませんでした。彼が、ボーイフレンドはいないと言ったわたしをある意味利用したと考えても間違いではないかもしれないし、逆にわたしが、孤独の辛さと引き換えに彼に近づいたといってもおかしくないのです。

ただわたしはその時、ひとりでいたわたしを救ってくれた目の前のヒーローとの別れの辛さに、どうしても耐えられずに泣いてしまったのです。

以前、元彼と別れた理由を聞かれたことがあって、わたしは拙い英語で理由を説明しました。彼はそのことを覚えていたのか、これから君は良い男性と付き合わなければいけないよ、悪い人と付き合うくらいならひとりでいることを選びなさい。あなたは素晴らしいジャパニーズガールだから自信を持って。このキッチンでも君は人気者だったよ。そんなにネガティブでいてはいけない、君は美しいのだから。そしていつか僕は日本へ行きたいと思っているから、その時はまた僕のゲイシャになってね、とニヤニヤしながら言いました。最後までヨーロピアンです。ですがわたしはそれを聞いて、すとんと自分の心が整うのが分かりました。

そして、このままキスをしてさよならする?君はどうしたい?と言われて、わたしたちは部屋を移動して、事を致して、廊下で投げキッスをし合って、別れました。彼は最後にわたしの低い鼻を触って微笑みました。わたしがコンプレックスに思っていた鼻を、彼はいつも可愛い可愛いと言って触っていました。

部屋に戻り、散々泣いて、今この文章を書いています。自らをドリフターと語り世界を放浪する彼は、こういうことには慣れているかもしれませんが、わたしには全てが初めてのことで、ああもう全然こういうのわたしには向いてない、感情移入の速度早いから割り切れない、くっそ、くっそ、と泣きながらシャワーを浴びました。悲しいけれど、なぜか心は晴れやかで、彼の優しさに包まれているようでした。最後までわたしが嫌な想いをしないように配慮してくれた彼に、感謝せずにはいられません。


さて、この文章を書いている今はロンドン時間で午前8時、空港に向かうチューブの中です。あと2時間後にはロンドンを発ちます。空港についたら、わたしは最後に彼に感謝のメッセージを送るでしょう。そして日本に戻ったら、限られた人だけが知っている自分のブログに、この文章を躊躇しながらアップするのだと思います。こんなにおおっぴらに書いて恥ずかしいけれど、きっといつか忘れてしまう前に、消えない文字で記しておきたいのです。

今はただ、ロンドンでの日々を素晴らしいものにしてくれた彼や、彼と一緒に発音を教えてくれた花柄の服の似合うおばさまやクリアな発音の貴婦人、パスタを作ってくれたアルフレッド、一緒に湖を眺めたリリー、ルームメイトの可愛いアメリカの女の子、語学学校で友達になってくれたフランチェスカ、エレナ、ゆいさん、フィン、ホームステイ先の家族、コンビニのお兄さん、重量オーバーのスーツケースを特別だよといってスルーしてくれた空港のお姉さん、日本にいる父母、大切な友達、全ての人たちに感謝しています。お金で買えない経験をたくさんさせてもらいました。次こそは自分で稼いだお金でロンドンに行きたいです。ひとまず帰国して、大好きな友達に彼の話をゆっくり聞いてもらいたいです。このブログめっちゃ長いのにだいぶ端折っているので、覚悟しておいてください。

異郷の地で出会った彼は、シチュエーションは違えどわたしにとってのビル・マーレイでした。これを書いている今も涙が止まらないほど、大切なものをたくさん与えてくれました。少し太っちょで階段が嫌いで、へらへら笑ったり真面目になったり掴めなくて、人を褒めるのがうまくって、青い目の中に綺麗な花が咲いていた、正義感の強いあなたが大好きでした。一緒にいてくれてありがとう、イアン!

Good morning. Thank you for yesterday, and I'm glad to meet you in this trip. You took me to wonderful places and gave me a lot of happiness. I like London, all people, and you! If you come to japan, it will be my turn to make you happy. I wish you and your Russian friend will have a good relationship! Ian, you are my hero in London. Take care of yourself! See you again!